考えたこと

外国人が話すフランス語に対する、フランスの人の反応パターン3つ

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こんにちは!マーモットです。

 

フランスで生活をしていて、フランス語に詰まったり、言いたいことがスラスラと上手く表現できないことがあります。

周りから見ると、一言でいうと「言語的レベル的に外国人」の段階です。

 

そんなときのフランスの人達の反応が大体決まっていて思うことがあったので、今回はその反応パターンと、それに対して私が個人的に感じていることを書いていきたいと思います。

フランス語よくできるね、頑張っているね。

「Vous parlez bien le français」(フランス語よく話せますね)「Vous vous débrouillez bien」(うまく切り抜けて頑張っていますね).

 

医者や病院に行ったときや、様々な行政手続きに行ったときに私がよく言われる言葉です。

その裏には、「フランスに住んでまだ長くないにしては」というニュアンスがあり、もっと言うと「十分流暢なフランス語を話していない」という意味の裏返しでもあります。

 

フランスでは見た目が違うからという理由で外国人とみられることはないので、言葉がちゃんと話せたら周りに外国人として意識されず、社会に統合することができます。

 

したがってこの段階は、まだ言語レベル的に外国人と見られている段階です。

 

日本では言葉が話せても見た目が外国人だと「あの欧米系の人、日本語ペラペラだ」というように外国人として意識されてしまいます。

その典型例が、彼らが「ありがとう、こんにちは」という単語を言っただけで「日本語よく話せますね!」と言う周りの反応です。

これは、「日本人ではないのに日本語を話せる→私達とは違う外国人」という意識の表れです。

 

 

幸いにもフランスの人では、この日本のような「フランス人ではないのにフランス語を話せる→私達とは違う外国人」という意識から「フランス語がよく話せるね」と言われるわけではなく、

単純に「滞在期間にしてはよく話せるね」、と言われているだけなのでいいのですが、やはり何度もそれを聞くと、「まだフランス語を流暢に話していない」という事実を彼らに無意識に向けられるので、たまにへこんでしまいます。

 

しかし、これはあくまでプラスの褒め言葉なのでありがたく受け取って、終わりなきフランス語学習のモチベーションにしないといけない類のものです。

確かに、フランス語は難しいよね。(仕方がないよね)

「C'est vrai que c'est pas evident」(確かに簡単ではないよね)、「C'est vrai que c'est compliqué, le français 」(確かに、フランス語難しいよね。)

 

何か特別な表現を理解できなかったときに特に言われる言葉です。

この言葉の裏にも「フランス語は難しいから理解できなくてもしょうがない→君はフランス語がまだ十分じゃない」という意識が隠れています。

個人的には、フランス語が特別難しいわけではなく外国語ならどの言語でも同じだと思うので、これを言われたときには、「フランス語だけでなく、知らない言語は全て難しい、だから知るために勉強しなければならない」と返事をしています。

 

自分の言語じゃないときは知らない表現があって当たり前で、自分の言語にしていくために学んでいくだけなので、知らない表現があるだけで“難しい”ということにはならないのに...と少しイラつきながら心の中で思っています。

 

実際そのようなことを言うのは、外国語が話せずそういうところの理解がない人が多いです。

フランス語で話すのは必ずしも必要ではない。英語がいいですか?

私は幼いころから精神科や心療内科のお世話になっていて、フランスでも自分に合う人を探しているところなのですが、

心理的なことを細かなニュアンスを使って的確に説明するのに、「 (本当に言いたいことは君にはフランス語では言えないかもしれないから)必ずしもフランス語で話そうとしなくてもいいと思うよ」と言われることがあったり、

「(こういうことは外国語では難しいはずだから)英語でがいいですか?」と提案されることがあるのです。

確かに、日本語よりも言葉を探すのに時間がかかったり、あるフランス語の単語は、辞書に載っている日本語の翻訳とは本当は少し違うニュアンスを持っているから誤解をまねく可能性がある、というような支障はなくはないですが、個人的には言いたいことを言うのに問題は感じません。

 

それよりも厄介なのは、何かを話すときに毎回日本の社会的コンテクストを説明しなければならないことで、問題は、言語の違いではなく社会の違いです。

 

というのは、これで苦しんでいたと説明しても、フランスの人にとっては「それのどこが問題なの?なぜそれで苦しむの?」となる場合があるからです。

何かに苦しんでいるとき、それは社会的コンテクストに強く依存していることが多いので、理解してもらうにはその説明が必須になります。それによって時間がかかり、説明が複雑になるのです。

 

いずれにしろ、フランスでフランス語で生きていて、これからもフランス語で生き延びていこうとしているときに「フランス語で話すのは必ずしも必要じゃない」と言われるのは、相手の言い分も分かるのですが、いい気持ちはしません。

でもフランスは外国人として息が詰まりにくい社会

色々とネガティブなことを述べてきましたが、フランスは、自分を外国人としてあまり意識しなくていい、外国人にとって生きやすい社会であるのは確かです。

フランス人の中には、外国人に慣れていなくて、外国人の拙いフランス語を、眉間にしわを寄せて「分かりづらい」と思いっきり顔に出しながら聴く人もいますが、外国人だからと特別扱いせず、皆普通にフランス語で話してくれます。

 

日本だったら、顔が欧米人というだけで、日本語が話せる人にも、日本語とカタカナ英語単語を混ぜたとても分かりにくい方法で話しかける人が少なくありません。

私の夫はフランス語が母国語ですが、日本語が話せるのに、日本では案の定ヘンな英語で話しかけられます。

観光センターや店などで、なんど私が「フランス人なので英語が分りません。日本語は分かるので日本語でお願いします。」(本当は夫は英語が得意ですが)と言っても、ヘンな英語もしくは、自信をもって話される英語で話されました。

 

思いっきり外国人として除外されています。

 

もし私がそんな日本で外国人として生きるとなったら、と想像しただけで恐ろしくなります。

その点フランスでは、外国人として生きていて周りの反応に思うことはあっても、しょうがない些細なことだけで、特に生きづらいと感じるほどのことはありません。

 

フランスでは、日本のように外国人を別物として扱わず、社会的には統合、政府的には同化という方向に空気が流れているので、息が詰まらずのびのびと生活することができます。

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